【概要】

2024年517日に、「第1回GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会」が開催されました。
同研究会は、本格稼働以降の排出量取引制度の具体的な設計の前提として、EU等の排出量取引制度及び国内のカーボン・クレジット(J-クレジット等)を、我が国の法体系にあてはめた場合の法的論点を抽出した上で、学術的・実務的な考え方を整理することを趣旨・目的として開催されるものです。
1回では、主に憲法上の論点について議論がなされました。
そこで、本稿では、研究会における議論を踏まえつつ、排出量取引制度の憲法上の論点と、制度設計におけるポイントを解説します。

【目次】
1.排出量取引制度の憲法上の課題について
2.営業の自由(憲法221項)について
3.平等原則(憲法141項)について
4.
財産権(憲法29条)について




1.排出量取引制度の憲法上の課題について

排出量取引制度に関する憲法上の論点として、主に、営業の自由(憲法221項)との関係、平等原則(憲法141項)との関係、財産権(憲法29条)との関係等が問題となります。


2.営業の自由(憲法221項)について

(1)営業の自由の制約となること
排出量取引制度により、対象事業者は、排出枠を購入する等の経済的な負担を負うことになるところ、このような負担による温室効果ガスの排出を伴った事業活動を制約することになります。
そのため、制度を設計するうえで対象事業者の営業の自由の観点から留意すべき点があるかが問題となります。

(2)制度設計におけるポイント
排出量取引制度設計における留意点として、研究会では、以下のような意見が述べられました。

ア 制限の程度を緩やかにするための措置等
新規参入事業者にとって過度な参入障壁とならない措置、事業拡大をしようとする対象事業者を委縮させないようにする措置、バンキング等償却義務に柔軟性を持たせる措置等を設ける。

イ 制度の見直しに対する予見可能性、透明性の確保の重要性
排出量取引制度の執行状況、それにより得られた情報の収集、分析に基づき、段階的な排出量取引制度の見直しに対する対象事業者の予見可能性、透明性の確保が重要である。


3.平等原則(憲法141項)について

(1)制度上生じる区別が平等原則に違反するか
排出量取引制度では、例えば、以下のような区別が生じることが想定されます。これらの区別に関し、平等原則(憲法141項)との関係で問題となります。

ア 業種・セクター間の区別
例えば、「発電事業者のうちその発電事業に係る二酸化炭素の排出量が多い者」が規制対象となる場合、発電事業者か、それ以外の業種・セクターに属する事業者かどうかにより、規制対象となるかという区別が生じます。

イ 同業種・同セクター内の区別
上記の例では、同業種・同セクター内に属する発電事業者のうち、「発電事業に係る二酸化炭素の排出量が多い」発電事業者か、そうでない発電事業者かどうかにより、規制対象となるかという区別が生じます。

ウ 新規事業者と既存事業者の区別
各国の制度では、制度導入の円滑化のために、既存事業者に対しては過去の排出実績等に応じて排出枠の全部又は大半を無償配分する方法がとられることがあります。他方、新規参入者には何らの排出枠の無償割当がない(又は別の方式により割当てがなされる)とすると、新規事業者と既存事業者に区別が生じます。

(2)制度設計における留意点
上記区別が平等原則に違反するかどうかは、区別の理由となっている事柄の性質や区別の対象となる権利の性質の違いを考慮したうえで、区別に合理的な根拠があるといえるかどうかが重要な判断要素となると考えられます。
研究会では、同一セクター内で排出量取引制度の対象となるかどうかの「セクター内の平等」(上記②の区別)に関しては、法内容だけでなく、法執行段階も含めて平等を担保する必要があり、できる限り簡明な制度設計とすべきで、線引きが実質的に合理的なものであるかに留意が必要という意見が述べられています。


4.財産権(憲法29条)について

(1)問題の所在
排出量取引制度では、柔軟性措置や価格安定化措置が導入されたり、事後的な制度変更がなされることが想定されます。
そのため、財産権との関係では、主に、柔軟性措置や価格安定化措置を導入すること自体が排出枠という財産権の内容形成として問題ないか(財産権の内容形成の合憲性の問題)、排出量取引制度に係る制度変更(柔軟性措置の変更、市場安定化措置の発動や変更)によって、既に割り当てられた排出枠の事後的変更となり財産権の制約として当該制度変更が憲法上許容されるか(事後的な制度変更等の合憲性の問題)が問題となります。
画像1
研究会事務局「GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会の趣旨等について」より抜粋

画像2
研究会事務局「GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会の趣旨等について」より抜粋

(2)制度設計における留意点
研究会での委員の意見として、以下のような意見が述べられました。

ア 財産権の内容形成の合憲性の問題について
排出量取引制度は、社会・経済情勢の変化による制度変更が不可避であり、その制度設計の段階で柔軟措置や市場安定化措置を設けたとしても、基本的には、財産権侵害の問題は生じない。

イ 事後的な制度変更による合憲性の問題について
制度変更によって影響を受ける事業者の不利益が不合理になれば合憲性の評価への影響も考えられるため、激変緩和措置や予見可能性を確保するための配慮等が必要である。
もっとも、排出枠が政策目的のために人為的に設けられた財産権であり、将来の社会変動に応じて変更されうることを織り込んでいるという点を踏まえると、制度変更に一定の合理的な理由があり、予見可能性を確保する等の配慮を尽くす限りは、基本的には、財産権を侵害しない。


【参考】
経産省説明資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_implementation/pdf/001_04_00.pdf

環境省説明資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gx_implementation/pdf/001_05_00.pdf


                      
カーボンニュートラル検討プロジェクトチーム 弁護士 中村 拓馬





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