大きな会社でも、コンプライアンス問題についてその対応を誤ると、経営陣にとっても大ごとになりかねません。
最近の事例では、電力会社において役員等が地元自治体の元助役から多額の金品等を受領していた事案が話題になりました。同社は、この問題が原因となって同社を退任した前会長、前社長、前原子力本部長等に対して、本年6月に総額約19億円の損害賠償を請求する訴訟を提起しました。また、この会社請求とは別に、同社の株主から、株主代表訴訟により、さらに多数の現旧取締役・監査役に対してさらに多額の損害賠償請求が提起されています。
この稿では、同社自身が公表した各種報告書を踏まえ、コンプライアンスの観点からみた、この損害賠償責任請求のいくつかのポイントを紹介します。
第一のポイントは、そもそも、この元助役からの多額の金品の受領が、いかなるコンプライアンス問題なのかということです。この金品受領が違法かというと、会社法では、取締役等の背任罪、収賄罪の定めがありますが、この問題ではそれに違反したということで刑事事件になっているわけではありません。なお、当該会社においては、会社の内部規則であるコンプライアンス・マニュアルに、「贈答や接待は、節度を持って良識の範囲にとどめる」という規定があるそうで、その社内規定には違反しているとされています。
しかしながら、今回の多額の金品受領は、同社のような社会的に見ても信用度の高い企業に期待される社会規範に明らかに反していると評価されています。それゆえに大きな社会的批判を浴びているのです。法律違反でなくても、あるいは、社内ルールがあってもなくても、こうした社会規範に反する行為が、大きなコンプライアンス問題になるということに、まず、十分留意する必要があります。
第二のポイントは、今回、前会長、前社長等が当該会社から損害賠償責任を追及されているのは、取締役としての善管注意義務違反があったとされたためです。同社の社員が元助役より金品を受け取っていると知った以上、会社がその対応をキチンとするべきなのに、取締役としてその対応体制を整えなかったこと、そして、元助役の関係する会社に多額の発注を行っていたのにかかわらず、その発注のチェックをキチンとする体制を整えなかったこと、が取締役としての善管注意義務に違反するとされました。前会長、前社長は、本件の金品受領問題の責任をとってその職を辞職したのですが、コンプライアンス問題が起きると、取締役は会社法上の善管注意義務違反も追及され、その結果、多額の損害賠償責任を求められることがあり得ることが示されました。会社の経営陣は、こうした観点からも、コンプライアンス問題には十分注意しなければならないのです。
第三のポイントは、前会長及び前社長は、この金品受領問題について、世間に知られる前に、この問題に関する社内調査委員会の報告を受けていましたが、その社内調査委員会の報告を取締役会に報告せず、また、公表しないことを決定していたとされました。こうした取り扱いについて、同社がその後設置した取締役責任調査委員会の報告では、前会長及び前社長が取締役会に報告しなかったことは不適当としましたが、そうした取り扱いが同社に対する善管注意義務違反として損害賠償責任を負うものかどうかは、裁判所の判断に委ねるとしました。
他の会社でも、会社の経営陣が自社の大きなコンプライアンス問題を知ったときに、公表するかどうかの判断が迫られる場合も多いことでしょう。この公表の取扱いに係る問題については、会社請求とは別の株主代表訴訟による損害賠償請求の対象になっており、今後、裁判所の判断が注目されます。
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